よかばい堂、大学研究室の蔵書をまるごと買い取るの巻
とある国公立大学の経済学の研究室。大型テーブルが真ん中にあるのが一般的なレイアウトなのだが、この先生の場合はその代わりに古本屋さながらにぎっしりと本棚が並んでいる。
概算で九千冊。大型ダンボールに入れると約二百箱。一箱30kgとして総重量6トン!箱詰めして運ぶだけでも大変だ。
この先生、春の退官を控え泣く泣く蔵書を売ることにした。
彼が弊店に求めた条件は一冊残らず引き取ること。通常では受け入れがたい条件だ。というのも、経済学や法学の本は値の付かない本が非常に多いから、全部引き取ると商品にならない本を大量に引き取ることになりその処分に手間と金と労力がかかるから。
意外に思う方もいるかもしれないが、大学教授の蔵書といえども商品にならない本はけっこうある。値崩れしてない専門書だけが揃った蔵書というのはめったにお目にかかれない。この先生の蔵書はそのレアケースだった。
商談は成立し破格の高額で買い取ったのだが、問題はそれ以外に三千冊ほどの洋書があったことだ。これは弊店では売る自信がないので買い取らず、古書組合が主催する交換会に委託を受けて出品することにした。
交換会というのは古書組合の加盟店が自分が不得意とする本を持ち寄りお互いに落札しあうというプロの古書店だけが参加できる市場だ。
各県ごとに古書組合がありそれぞれ月に数回交換会を開催している。東京はさすがに毎日のように神田の古書会館で市が開かれており、中には洋書だけを扱う市もある。今回はその名も「東京洋書会」に預かった洋書を出品した。
ところがいまは洋書が売れない時代なのである。写真やビジュアルの強いものならまだしも、活字でページが埋まっている専門書は厳しい。東京洋書会ですら最低価格に札が入らず売れずに残ってしまうことがあるという。
先生の研究室から東京の古書会館に洋書を送る際に東京の担当者からこう釘を刺された。「洋書はいま売れないので、送料で赤字になるかもしれませんよ。特に経済学の本だと余程の本以外はディスプレイとして売るしかないです」
そう、ディスプレイ。すなわちインテリアとして店舗の内装やショーウィンドウなどの飾りに用いられるというわけだ。
先生にとっては、大変な思いをして買い集めた本だ。その昔、丸善が洋書販売の大手だったころは、元値の3倍ほどの価格がで日本で付けられていた。1ドル360円の頃には1冊1万円以上のものはざらにあったはずだ。
今では洋書もネットで簡単に買える。しかも安い。本によってはデジタルアーカイブ化されているものもあるので、買わずに読めるものもある。テキストを読むために研究者が大枚はたいて洋書を輸入したことは過去の話となってしまった。
大学教授ならばこんなことは当然知ってはいるのだが、やはり自分が大事にしてきた本が二束三文で売られ、あまつさえインテリアの飾りもの扱いされるという現実は感情的に受け入難いに違いない。それでも最終的には捨てるよりはまだマシだと割り切るしか選択肢はないのだ。
ところで日本語の本六千冊はどうなったか。小さな店のクルマで運んでも埒が明かないのでトラックをレンタルして運んだ。大型段ボール二百箱の本は現在弊店の車庫を埋め尽くしている。スタッフが必死に出品しているがまだ先は長い。