福岡古本買取よかばい堂の古本買い取りコラム       福岡の経済誌「月刊フォーNET」連載中!

福岡古本買取よかばい堂の店主が、福岡の経済誌「フォーNET」に連載中のコラムの過去掲載分です。

よかばい堂、レコードの歴史に思いをはせるの巻 2017年9月号

 オードリー・ヘプバーン主演の映画「昼下がりの情事」はパリが舞台だ。彼女と恋をするアメリカの大富豪役のゲイリー・クーパーはデートの際にはいつも、BGMを奏でる楽団を引き連れるという設定になっている。食事の際はもちろん水上をたゆたう舟の上で二人きりになる場面でもテーマ曲「魅惑のワルツ」が鳴り響くと、実は楽団が後ろからもう一艘の舟で画面にフレームインしてきて笑いを誘うという、ビリーワイルダーらしい演出だったと記憶している。
 1957年の映画だから当時はすでにレコード全盛の時代。すなわち音楽は生演奏だけでなく複製品が工業製品として作られる産業となっていた。
 それ以前、つまりレコードというかたちで音楽の複製品が工業製品化される前は、音楽を楽しむには生演奏しかなかった。だから楽団を引き連れてデートをしている大富豪の図は、金持ちであると同時に時代遅れであることも表していたのかもしれない。
 じつはその頃のアメリカのヒットチャートではエルビス・プレスリーという歌手がヒットチャートを席巻していた。白人なのに黒人のような節回しで、しかも「下品」に腰を振りながら歌う、と大人たちから顰蹙を買っていた。
 ゲイリー・クーパーの大富豪は戯画的に描かれてはいるが、その頃のエスタブリッシュメントを表していることは間違いない。エルビスに眉を顰める側だ。だって「魅惑のワルツ」ですよ、「ハートブレイクホテル」の時代に。
 このころはちょうどSPレコードからLP・EPの時代への転換期だった。SPレコードは手回しの蓄音機の時代から使われていた種類のレコード。割れやすく大きさの割には録音時間が短い。
 一方LP・EPになり割れにくい材質が使われ録音時間ものびた。これで好きな音楽をいつでも聴ける自由を大衆が手に入れるようになっていく。ロックンロールの台頭もこの動きに歩調を合わせている。
 参考までに書くとエルビス・プレスリー1935年生まれ、オードリー・ヘプバーン1929年生まれ。ちなみにジョン・レノンは1940年生まれ。 
 このころ日本でも小遣いをためた少年少女がレコードを買いだしたころでもある。時あたかも日本ではロカビリー旋風の頃。平尾昌晃も当時はSPレコードを出していた。
 戦後生まれでこの頃シングル盤を買っていた少年たちに細野晴臣大瀧詠一がいた。
 数年後大瀧が上京してこの二人が始めて出会う場面でもレコードが介在している。有名なエピソードだが、大瀧が細野の部屋を初めて訪れるという日、細野はヤングブラッズの「ゲットトゥゲザー」というシングル盤をこれ見よがしに部屋に置いていた。大瀧という男がこのシングル盤にどういう反応を示すかを見たかったのだ。
 部屋に入るなり挨拶もそこそこ「おっ、ゲットトゥゲザー!」といった大瀧は首実検に通り、ふたりは松本隆鈴木茂とともに「はっぴんえんど」を結成、その後もいまに至るまで日本のポップスと歌謡曲に大きな影響を及ぼしていく。
 大瀧は自分のスタジオを”FUSSA45”と名付けるほどシングル盤を愛好していた(45はシングル盤の回転数からとっている)。その彼がメディアとしてのレコードの歴史はCDに取って代わられるまでのたしか30年だったとどこかで言っていた(参照先を探したが見つからない。ラジオ番組での発言かもしれない)。
 さてその30年間の歴史を彩ってきたレコードのごく一部ではあるが数千枚が現在よかばい堂の事務所にある。
 これだけの量を一度に眺めると、古くは1950年代のレイ・チャールズから新しいのもではTMネットワークまでの30年のレコードの歴史が展開されていて壮観だ。
 大富豪の楽隊から始まる(もっと前は王侯貴族によるパトロネージか)音楽の所有の歴史は、レコードやCDを経ていまやデジタルデータという究極の姿となり果ててしまった。
 レコードが復活していると言われだして数年経つが、その意味が一体何なのか私はまだよくわからないでいる。


左:TMネットワークのシングル(1988年) 右:レイ・チャールズ(1959年)
TMネットワークの時代はCDが主流になっており同タイトルのレコードは終末期でレア。