福岡古本買取よかばい堂の古本買い取りコラム       福岡の経済誌「月刊フォーNET」連載中!

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よかばい堂、マリリン・モンローの逸話を知るの巻 2017年8月号掲載

 ご存知の方も多いと思うが、かの二十世紀を代表するアイコンの一人マリリン・モンローは福岡に来たことがある。アイコンなどと大仰な言い方で恐縮だが、一女優というだけでは語れない存在であることは間違いないだろう。
 当時彼女はニューヨーク・ヤンキースのスター選手ジョー・ディマジオと結婚したばかり。すなわちこの訪日はハネムーンだった。といっても新婚旅行でわざわざ日本を選んだわけではない。夫のディマジオ読売新聞社等に招かれ日本人に野球を指導するという目的があった。
 一九五四年二月のことだ。敗戦から九年も経っておらず、朝鮮戦争のただ中で板付や雁ノ巣の米軍基地には朝鮮半島へ向かう米兵たちがいた。
 モンローはまだ駆け出しの女優に過ぎなかった。じつのところ日本人があれほど彼女を熱狂的に歓迎したのがなぜなのかよくわからない。だって「七年目の浮気」も「お熱いのがお好き」もずっと後年になっての出演作で、「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」といった初期の作品ですらこの訪日の翌年以降だ。(注)
 つまり当時の彼女はわれわれが知る彼女の代表作のどれひとつ持っていない駆け出しの女優に過ぎなかったはずなのだが、日本ではなぜか行く先々で熱狂的な歓迎を受けた。
 さて、モンローはディマジオが日本人に野球を指導しているあいだ暇でしょうがない。売り出し中の新進女優とはいえハリウッドスターが時間をつぶす場所は、当時の福博にはあろうはずもなかった。この辺は推測を交えた書き方になるが、宿泊先の博多日活ホテルの部屋でじっとしているのも辛かろうし、お気に入りだったと言われているレストランの「ロイヤル花の木」でオニオングラタンスープを口にしてもまだ時間はたっぷりあったはずだ。
 で、結局福岡における最大のアメリカ人コミュニティーすなわち米軍に顔を出すことになるのは当然のなりゆきだったろう。
 ところで「国営海の中道海浜公園」がその昔米軍基地だったことは、ある年齢以上の人ならご存じだろう。子供のころ海水浴で志賀島に行く途中米軍基地や教会の横を通って行ったことを覚えている。おおかたの施設はなくなってしまったが、今でも公園の中の砂浜海岸を一望に見渡せる絶好の場所にシオヤヒルズという建物が残っている。じつはこれ米軍が作った将校用のゲストハウスだったらしい(地元の不動産屋から聞いた未確認情報)。
 ひょっとしてこのゲストハウスにモンローは招待されて(なんせ将校用のゲストハウスなんだからこんな時のためにあるようなもんだろう)あの海の中道の絶景をみたのではないか。でもってなにか一言ぐらいは感想を述べたはずだ、marvelous!とかfantastic!とか。
 まあ、こんな妄想を掻き立ててくれるのもモンローだからだろう。この辺の事実関係を調べたら面白かろうと思っている。
 とまあ長い前置きになった。先日売れたのはディマジオ夫妻が泊まったホテル「博多日活ホテル」のパンフレットほか資料一式。いずれ時間ができたら福岡におけるモンローの足跡をたどりたいと思っている私はこの資料を手放す前に写真を撮った。さらにその写真をSNSにアップしておいたのだった。その写真がこれ。
 

 数日後フェイスブックでそれを見た同級生から書き込みがあり、そのパンフレットを売ってくれないかという。最近亡くなった彼女の父上がこのホテルを設計したらしく、パンフで使われた完成予想図(パース)も彼の手になるものだという。残念ながら売れた後だったので写真のデータをお送りすることにした。
 彼女から聞いたエピソード。御父上はホテル以外にもロイヤル花の木も設計を担当したそうで、モンローをそのどちらかで直に見かける機会があったらしい。その際にモンローが彼(または彼を含む一団かもしれない)に投げキッスをしてくれたことを、嬉しそうに娘である彼女に話していたという。
 そうか。モンローはやっぱり福岡でも投げキッスしたんだ。米軍以外の巷でも。
 しかしその建物は今やどちらも無い。博多日活ホテルはその後城山ホテルとなり今はさらに別の施設になった。ロイヤル花の木は大濠公園に移転し、モンローが来店した場所には博多エクセルホテル東急が建っている。

(注)雑誌掲載時の原稿のままに転載したが、この段落には事実誤認がある。モンロー来日の一九五四年以前にも彼女の主演作は3本ある。前年の一九五三年「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」「百万長者と結婚する方法」に製作され、うち前の2本は来日前に日本でも公開されている。
 したがって日本人が彼女に熱狂したのも故無しとは言えない。申し訳ありません。