「月刊フォーNET」2010年12月号掲載分
『フランス法律用語辞典』
中村紘一、新倉修、今関源成 監訳
termes juridiques 研究会 訳
三省堂 1996年
タイトルは仰々しいが、専門的な辞書ではないらしく、序文に「学部の1、2年生」を特に対象としているとある。もともとフランスの大学生の初学者向けの用語集だったのを翻訳した本のようだ。
例によって発送前にぱらぱらと拾い読み。日本ではきっとこうは書かないだろうな、というような箇所がいくつか見つかって興味深い。
たとえば「道徳上の義務」の項。日本で言う「道義的責任」に近いのだろうか。「裁判上その履行を求めることができない義務であり、義務者は良心上の義務しか負わない」とある。
テレビでよくみる謝罪会見で「法的な責任はなくても、道義的な責任についてはどう考えているんですか?」と詰め寄るメディアが頭をよぎる。「私は自分の良心上の義務を負っています」なんて答えたらどうなるだろう。
「賭博」の項にはこうある。「当事者が少なくとも部分的に引き起こすことのできる出来事に依拠する結果を勝ち取った者に対して利得を与えることを、当事者が交互に約束する射倖契約である」
ちょっと判りづらい訳文だが、賭博とは契約であるというのが新鮮にきこえる。倫理的な判断はいっさい含まれてないのもあっさりしたものだ。
とある在京の大学図書館からお買い上げいただいた。サブタイトルに「動物保護法の日欧比較」とある。法文化とは聞きなれない言葉だが、法律の制定に影響を及ぼす要因を文化という視点から捉えようとする試みを言うようだ。
話の種になりそうな項目を探すべく、下世話な好奇心丸出しで目次に目を凝らすと「ナチス・ドイツと『動物保護法』」といういかにもネタになりそうな項がある。
「その肉が人間の嗜好に供されるザリガニ・ロブスター、およびその他の甲殻類の動物は、できるだけ個別に煮えたぎった湯の中に投げ込むという方法で殺されなければならない。動物を冷水またはぬるま湯に入れ、それから沸かすことは禁じられる」などと聞くと、ほとんどギャグである。「魚の活き造り」などはもってのほかだ。
イギリスにはその名も「マーチン法」という動物保護法があるというが、そのマーチン氏が法制定に奔走するきっかけとなったのが、アザラシが目をつぶされて餓死した事件。 アイルランドのとある海岸近くに住む男性がペットにアザラシを飼っていたが、家畜が病死するので占い師に尋ねたところ「不潔な動物」を飼っているのが原因だ、すぐに処分しろといわれ海に返しに行った。しかし何度返しても戻ってくるので、占い師に言われるまま目をつぶして海に返した。すると一週間後悲痛な鳴き声が聞こえた翌朝玄関前で餓死したアザラシが見つかったという。