福岡古本買取よかばい堂の古本買い取りコラム       福岡の経済誌「月刊フォーNET」連載中!

福岡古本買取よかばい堂の店主が、福岡の経済誌「フォーNET」に連載中のコラムの過去掲載分です。

 よかばい堂、近隣で充実した買取のひと月を過ごすの巻

 今月は近隣で興味深い買取りが多かった。

 最初は年配の男性。歌舞伎や演劇が好きで本・雑誌はもとより公演のパンフやブロマイドなど大量のコレクションをお持ちだ。その多くには俳優たちの直筆のサインが入っている。たとえば市川雷蔵大川橋蔵のサイン入りのブロマイドなど。これは結構珍しいはずだ。

 聞くと当時は小遣い稼ぎで役者たちの本人が劇場でブロマイドにサインして売っていたという。

 それにしても昭和20年代といえば、この方は福岡の高校生だったのだ。それがいったいなぜこんなにいくつもの役者のサインを手にすることができたのだろう。

 実家が比較的裕福でとにかく芝居が好きで観劇のために何度も上京していた、と問わず語りに語ってくれた。大学を出てからは芝居好きが高じて福岡のマスコミ関係で仕事をされていたようで、仕事柄「役得」でサインをもらうことも多かったようだ。大物の外国のアーチスト、たとえばナット・キング・コールポール・モーリアのサイン入りレコードなども出てきた。

 雷蔵や橋蔵のサイン入りブロマイドに話を戻そう。実はこれらも思ったほどの高値ではない。コレクターが高齢化していて需要が落ちているのだろうか。なので、無理に買うことはしなかった。思い入れの強いコレクションに冷徹な市場価格に基づく買取価格をお伝えすると先方さんの感情を害することにもなりかねないからだ。そうなっては元も子もない。ブロマイドはあきらめ、レコードなどを買わせていただいた。

 もうひとつは、小生と同い年の女性の方からのご相談で、御祖父様が残した戦争の遺品や記念品を処分したいというお話。自分にとっては親しみのある祖父の遺品でも、子供たちには縁が薄い、自分が死んだら祖父の遺品も子供たちにはガラクタ同然になるはず、ならばいっそのこと自分が元気なうちに処分してしまおうということだった。正直同い年の方がこまで思い定めているとはちょっと驚きだった。というか自分の迂闊さを大いに恥じた。

 御祖父様は海軍の軍人だったようで、出陣を祝う日章旗の寄せ書きには海軍中将の名前がある。他にも東郷平八郎直筆の謹書がでてきた。東郷は長生きして揮毫を求められることが多かったから価格はさほど高くはない。

 また軍人の家系だからだろうか、柔術の秘伝の巻物も出てきた。子供のころ忍者マンガで「秘伝の巻物」が出てくるのをご記憶の方もいるかもしれない。その実物を写真でお見せしよう。

 最後は英語の先生をしていた方のコレクション。この方の場合、本じゃないものが面白い。たとえば二・二六事件の号外がたくさんある。日々刻々複数の号外が出ていることから、事件の重大さと当時の世間の関心の高さがわかる。

 82年前の号外がこれだけまとまって残っていること自体極めて稀なはずだ。たとえばこの事件を映像化する場合、街角で配られる号外のアップのショットが必要となれば、美術スタッフは血眼になってこの手の資料を求めて古本屋を回るに違いない。ただそんな上客が明日来るのか10年後なのかわからないのというのが、この古本稼業なのである。

 

(写真説明)

 楊心流柔術の巻物。「内伝」「本伝七十五」「陰陽巻」「覚悟巻」さらに「十文字鎌目録」合わせて5巻。

 

 二・二六事件の号外。左に毎日右に朝日を中心に配置。右上は29日の山陽新聞。最も古いのは26日の毎日の第二版。多くの号外が事件の重大さを物語る。