福岡古本買取よかばい堂の古本買い取りコラム       福岡の経済誌「月刊フォーNET」連載中!

福岡古本買取よかばい堂の店主が、福岡の経済誌「フォーNET」に連載中のコラムの過去掲載分です。

よかばい堂、本を売らない老人と友だちになるの巻

 

 その老人のことを敬愛の念を込めて、名前から一文字を取り隆翁と呼ぼう。最初に電話を受けたのは4年ほど前。新聞広告を見た、本はたくさんあるので一度見に来いというので、近くだし行ってみることにした。
 応接間の壁は窓をのぞく三方すべて本棚が並び主に日本史の本で埋まっており、発行部数の少ないものも多く、買えばそこそこの金額になるなと、古本屋の性(さが)で値踏みする。
 しかし結局のところ「ぼくはもうすぐ死ぬから、そしたらうちのかーちゃんから連絡させるのでその時はよろしく」などと言い売ってくれないのだ。
 そのくせ大学はどこだなどと私から聞き出し、偶然同じ大学の同じ学部の先輩だとわかると年末の同窓会で会おうと言ったり、「よかばい堂さんは絵画も扱うの? じゃあ友達で絵のコレクターがいるから今度一緒に家に遊びに行こう」などと言い本当にアポを取って連れて行ってくれたりと、人懐っこく愛嬌があるので、ついつい乗せられてしまい一緒に過ごすことが幾度かあった。
  ある時は山頭火の生家を尋ねに山口の防府まで行きたいというので、車に乗せて行ったことさえある。自分の母親でさえそんなところまで連れて行くことは無いのに、仕事とはいえ赤の他人にそこまでするなんて、後日自らの親不孝ぶりに自己嫌悪に陥りさえしたものだ。
 別に彼の本がそれほどまでして欲しかったというわけではない。彼の人柄とでも言うほかなくどこか惹かれるところがあったのだろう。当時私は父を亡くして日が経っておらず、父親の同年代と話をすることに喜びを感じていたのも影響しているかもしれない。
 彼の行きつけの焼き鳥屋がたまたまよかばい堂の事務所の隣にあったことで、店で何度か遭遇したこともある。それ以降もときどき思い出したように電話がかかってきては「今朝の新聞でまた広告を見ましたよ。そんなに本を買って売れるの?商売は大丈夫なの?」といつも同じ質問を受けたものだ。大手商社マンだった彼は、古本屋の商売などそんなに儲かるはずはないと考えていたようで、いつもきまって同じ質問をされた。
 豊前にある彼の実家にも行った。そこには東京で働いている本好きの娘さんが集めた本を置かせてやっていたが、その実家を売却するので本を処分したいという。自分の本は売らないくせに娘さんの本は売るんですね、などと軽いジャブを繰り出しつつ一日かけて買取りに行った。
 今年の春もとつぜん電話がありいつもと同じ質問をされ、いつもと同じように答えたあとに「そろそろ本を売って下さいよ。いっつも今度死ぬからって言うばっかりの死ぬ死ぬ詐欺なんだから」などと軽口を叩くと、実は明日入院してガンの手術を受けるという。
 そりゃあその前に会いましょうと自宅に顔を出すと相変わらずの明るい声で「来週は退院するから」などという。さらにいつになく真剣な顔で「ぼくももうそんなに長くないから人生の最後の地点から見ると、いろんなことがものすごくよく見える。あなたも自分の商売をやめるタイミングを考えておかないとね。いつまでもこの仕事をする訳じゃないんでしょ?」などと後継者問題で頭を悩ます私の痛いところを突いてくる。そうか、両親亡きあとこんなこと言ってくれる人はそうはいないな、などと感慨にふけりつつ辞した。
 数か月過ぎたころに思い切って電話したら、やはりというべきか予後の悪化で亡くなったと奥さんから聞いた。生前彼が言っていた通り奥さんから蔵書を一部譲っていただいた。東京在住の本好きの娘さんが売る前に目を通したいとのことで、まだ多くの本はそのまま残っている。